Level 3

WSET Level3 練習問題(番外編:アルザスとフェーン現象)

問1

Part 1

アルザスは緯度の割に温暖な気候のワイン産地であるが, このことはヴォージュ山脈によるフェーン現象によって説明できる。どのようなメカニズムでアルザスが温暖な気候になりえているのかを考えてみよう。

a

フェーン現象について考える前に, 空気の塊(空気塊)を上昇させたときに, その空気塊がどのような温度変化をするか考えよう。\(Q\)を熱量, \(p\)を圧力, \(T\)を温度, \(C_p\)を定圧比熱, \(\alpha\)を比容(密度の逆数)とすると, 熱力学の第一法則の式は以下の通りに表せる。

$$\Delta Q = C_p \Delta T - \alpha \Delta p$$

また, 地球の大気は以下の静水圧平衡が成り立っている。

$$ \Delta p = - g \rho \Delta z$$

ここで, \(g\)は重力加速度, \(\rho\)は大気の密度, \(z\)は地表からの高度である。ある空気塊の高度の変化は断熱的(\(\Delta Q=0\))であるとするとき, 空気塊が上昇した際の温度変化(=\(-\Delta T / \Delta z\) )を, \(C_p\), \(g\)を用いて表わせ。ただし, 空気塊は水蒸気を全く含まないものとする。
また地球の大気においては, 大気の定圧比熱はおよそ\(1004 \ \rm{J K^{-1} kg^{-1}}\)の値を取り, 重力加速度は\( 9.8 \ \rm{m\ s^{-2}}\)の値を取る。空気塊が100m上昇した際, 空気塊の温度は何度上がるか, 下がるか, 有効数字2桁で答えよ。

答え


解答

熱力学第一法則の式に静水圧平衡の式を代入すると, 以下の通りになる。
$$\Delta Q = C_p \Delta T + g \Delta z$$
よって空気塊が断熱的に上昇した際の温度変化(=\(-\Delta T / \Delta z\) )は以下の通りに表せる。
$$-\frac{\Delta T}{\Delta z} = \frac{C_p}{g}$$
また, 与えられた値を代入すると, 空気塊が100 m上昇した際, 空気塊の温度は\(1 \ \rm{^\circ C}\)低下することがわかる。

b

aで求めたように, 水蒸気の凝結が生じていない空気塊が上昇すると, \(1 \ \rm{^\circ C / 100 \ m}\)の割合で温度が低下する。この温度減率を, 乾燥断熱減率と呼ぶ。しかし実際の大気は水蒸気を含み, 空気塊を上昇させてゆくと水蒸気の凝結が生じる。水蒸気の凝結が生じている場合, 空気塊の温度減率は水蒸気の凝結が生じていない場合と比べてどのように異なるか, 説明しなさい。

答え


解答

水蒸気の凝結が生じている空気塊が上昇すると, 断熱膨張により温度が下がるが, 水蒸気の凝結に伴う潜熱が空気塊を温めるため, 空気塊の温度減率は乾燥断熱減率に比べ緩やかになる。

このような, 水蒸気の凝結が生じている空気塊の温度減率を, 湿潤断熱減率と呼ぶ。

c

空気が偏西風に流されヴォージュ山脈を超える際, 空気の温度がどのように変化するかを考えよう。ヴォージュ山脈西の麓の空気塊が, 偏西風に流されヴォージュ山脈を上昇し, 上昇しきった後東の麓まで下降していく以下のシナリオを考える。

最初に空気塊がヴォージュ山脈を上昇するとき, 水蒸気の凝結は生じておらず, 乾燥断熱減率に従って温度が低下する。上昇を続けると, 空気塊中の水蒸気が凝結を始め, 以降は湿潤断熱減率に従って温度が低下する。山頂まで上昇する間に凝結した水蒸気はすべて雨として空気塊から取り除かれ, 空気塊が山頂を下降する際は乾燥断熱減率に従って温度が上昇する。

東西のヴォージュ山脈麓の標高を100m, ヴォージュ山脈山頂の標高を1400m, 空気塊が凝結を始める標高を800m, 最初のヴォージュ山脈西の麓の空気塊の温度を20℃, 乾燥断熱減率を1℃/100m, 湿潤断熱減率を0.5℃/100mで一定とするとき, 偏西風によってヴォージュ山脈を超え東の麓まで流された空気塊の温度を求めよ。

答え


解答

空気塊が100m(麓)から800mまで上昇する際は, 温度変化は乾燥断熱減率に従うので, ヴォージュ山脈西の標高800m地点での空気塊の温度は,
$$ 20 – \left(800 – 100\right) \div 100 \times 1 = 13 \rm{^\circ C}$$
である。
次に, 空気塊が800mから1300m(山頂)まで上昇する際は, 温度変化は湿潤断熱減率に従うので, ヴォージュ山脈山頂地点での空気塊の温度は,
$$ 13 – \left(1400 – 800\right) \div 100 \times 0.5 = 10 \rm{^\circ C}$$
である。
最後に, 空気塊が山頂から麓まで下降する際は, 温度変化は乾燥断熱減率に従うので, ヴォージュ山脈東の麓での空気塊の温度は,
$$ 10 – \left(1400 + 100\right) \div 100 \times 1 = 23 \rm{^\circ C}$$
となる。
ヴォージュ山脈を越えることによって, 当初の温度より3℃空気塊の温度が上昇していることがわかる。

このように, 偏西風に流されヴォージュ山脈を超えた空気塊は, ヴォージュ山脈を乗り越える過程で温度が上昇することがわかる。さらに問題では詳しく触れていなかったが, 山脈にぶつかることにより空気塊の水蒸気は凝結し雨などとして取り除かれるため, 山脈を下る際には乾燥した状態になっている。

このような, 風に流され空気が山の斜面にあたり山を越え, 暖かくて乾いた下降気流となってその付近の気温を上昇させる現象のことをフェーン現象と呼ぶ。アルザスが緯度の割の温暖なのは, フェーン現象によって説明できる。さらには埼玉県がなぜあんなに暑くなるのか, はたまたアメリカのデスヴァレー(Death Valley)はなぜあんなに暑くなるのか, などといった疑問においてもフェーン現象は密接に関わっている。

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