ワインと世界史

ブドウの起源

ブドウはいつからこの地球に現れ、どのように進化してきたのか。

ワインの歴史を記した書籍は、必ずと言っていいほどこの話題から筆を下ろす。これは、単にワインの歴史の始まりだからというだけではなく、ブドウの起源が現在の私たちのワイン文化に非常に大きな意味を持っているからである。

ブドウの誕生の歴史の話を始める前に、それを理解する上で重要になってくる地球や生物の歴史を大まかに概説する。世界史の解説と銘打っていたが、この時代の歴史は世界史というより地学の地史の分野であることをご了承いただきたい。

地球と生物の変遷

そもそも我々地球とは、そして生物とはいつ生まれたのであろうか。

我々の地球は46億年前に誕生したと考えられている。初期の地球には多数の微惑星が衝突していたため、放出される莫大なエネルギーにより、ドロドロに溶けた熱いマグマで覆われていた。やがてそのマグマの上に雨が降り海洋が形成され、地球は現在のような海と陸地が共存する様相に変化していった。

生き物がいつ地球に現れたかというと、約38億年前だと考えられている。しかしその頃はオゾン層がなく(オゾン層が形成されるようになったのは25億年前、光合成を行うシアノバクテリアが繁栄し始めた頃)、太陽からの有害な紫外線が降り注ぐ地球表層は生命にとって非常に厳しい環境であったため、現在のような複雑な構造を持つ生物は出現しなかった。

生命が爆発的進化を遂げたのが、今から5億4千万年前。「カンブリア爆発」と呼ばれるこの生命の目覚ましい進化により、複雑な構造を持つ生物が多数生まれ、現在生きている動物たちの直接的な祖先となった。カンブリア爆発は地球史的に非常に重要な意味を持っているため、地球に生命が繁栄するカンブリア爆発以降は顕生代、それ以前の時代は先カンブリア時代と呼ばれる(このように地質時代の遷移は主に生物相の大幅な変化を境界にして決められているものが多い)。

顕生代は、古い方から順に古生代、中生代、新生代と細分化されている。カンブリア爆発の時期は、生命は海洋中が主な生息場所であった。カンブリア爆発のおよそ1億年後の古代シルル紀のとき植物は陸上に進出したと考えられている。植物は陸上進出後にめざましく発展し、その後のデボン紀や石炭紀には陸上で大森林を形成するようになった(そのため、石炭紀の地層からは植物の遺骸である石炭が多く取れる)。

最初の陸上植物は、シダ植物などの種子を作らない植物であった。やがて古生代後期に種子を作る植物である裸子植物が現れるようになり、中生代の陸上では裸子植物が繁栄した。

やがて裸子植物から分化して被子植物が現れた。これは諸説あるが、恐竜たちが陸地を闊歩していた中生代のジュラ紀の頃だったと考えられている(何を隠そうこのジュラ紀という名は、かのワイン銘醸地であるフランスのジュラ地方の山脈から来ている)。裸子植物は、胚珠と呼ばれる種子になる生殖器官がむき出しになっている植物であるが、被子植物は胚珠は心皮に覆われており、その心皮は発育して果実となる。

美味しい果実を実らせるブドウはもちろんこの被子植物に分類される。ブドウの祖先は中生代にすでに存在していたことになる。

時代の変遷

ブドウの歴史

さて、今までは地球と植物の歴史を広く概説してきたが、ここからはぶどうの歴史にフォーカスしてゆく。

中生代の頃にブドウ属植物がどの程度繁栄していたかは定かではないが、時が過ぎ新生代の第三紀では、ブドウ属植物は地球上の温暖な場所で広く繁栄していたことがわかっている。その証拠として、ブドウ属植物の化石がその時代の地層から多く発見されている。ちなみに新生代は、爬虫類に変わって哺乳類の発展で特徴付けられる時代である。新生代は、古い方から第三紀、第四紀(人類の時代)と二つの時代に分類される。

第三紀はブドウが地球上の多くの場所で繁栄するくらい温暖な時代であったのだが、新生代第四紀になると地球は寒冷化し氷河時代に入る。実際は氷河期の間にやや温暖な間氷期という時期も何度もあったのだが、この厳しい気候条件により第三期に繁栄したブドウはどんどん地球上から姿を消していき、最終的にはトランスコーカサスや北アメリカ、そして東アジアのおよそ3つの地域に生息地が絞られていった。

そして今から1万年前に氷河期が終わり人類が文明を作るようになると、ブドウは再度その勢いを取り戻し、現在は地球上のありとあらゆる場所でその姿を見ることができる。

ブドウが新生代第四紀の氷河期によってトランスコーカサスや北アメリカ、東アジアに生息域が限られたことは重要である。今日残存するブドウ属植物は、大きく分けて3つの種に分類されることが知られている。西アジア種群、北米種群、そして東アジア種群である。

このうち西アジア種群に属するブドウは一種類のみ、ヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)である。我々がよく知っている、ワインに用いられるブドウである。

北米種群に属するブドウの代表は、アメリカブドウ(Vitis labrusca)である。こちらもワインに使用されることもあるが、ほとんどは生食用として栽培される。フィロキセラ対策の台木として用いられるVitis riparia, Vitis rupestris, Vitis berlandieriも北米種群のブドウである。

東アジア種群に属するブドウとしては、マンシュウヤマブドウ(Vitis amurensis)などが上げられる。日本に自生するヤマブドウも東アジア種群である。

現在ブドウがこのような三種類に大きく分類されているのは、厳しい氷河時代にこの三地域に追い込まれ、他のブドウの生育地域と隔絶されながら独自の進化を遂げてきたからに他ならない。

ブドウの分布

ブドウの種類の違いとワイン

さて、長い歴史の中でブドウが大きく三種類に大別された経緯を説明した。今回はそれらブドウの種類と、種類の違うブドウによって作られるワインの違いを掘り下げよう。

現在ワインの原料として使用されるのは、もっぱらヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)である(viniferaはそもそも「ワインに使用される」という意味である)。

これには様々な理由があると考えられるが、まず考えられるのは、ヨーロッパブドウが繁栄する地域に住んでいる西洋人が、長い歴史の中でワインを作り発展させてきたからであるということだろう。東アジアでもブドウからアルコール飲料を作り出した形跡は発見されているものの、ワイン文化として人々に根付き発展してゆくことはなかった。ワインの味は製法や流行などは時代によってまちまちであるが、ヴィニフェラ種から作られたワインの味わいは、長い歴史を通じて「ワインのスタンダード」として世界中に定着していった。

また、生物学的な特徴も起因していると考えられる―ワインを作る上でヴィニフェラ種ほど原料に相応しいブドウはないのである。ヴィニフェラ種は果実の総量の三分の一に匹敵するほどの多量な糖を蓄えられる。ブドウは最も糖度の高い果実の一つとして知られているが、その中でもヴィニフェラ種はずば抜けている。ヴィニフェラ以外のブドウの種ではヴィニフェラ種ように多量の糖は蓄積できない。また、ワインにキレを与える爽やかな酸もヴィニフェラ種のみの特徴である。

このような生物学的特徴があったからワインの原料としてヴィニフェラ種が使用されるようになったのか、はたまたヴィニフェラ種から作ったワインに私たちの趣味嗜好が引きづられていったのか。卵が先か鶏が先かというような因果関係の議論はあまり意味がない。確かなことは、歴史的にもそして現在も多くの素晴らしいワインがヴィニフェラ種から作られているということである。

しかし、北米種群や東アジア種群のブドウからワインが全く作られていないということではない。日本では北米種群や東アジア種群のブドウからワインを作る生産者も多い。

北米種群のVitis labruscaに属する代表的なブドウとして、コンコードが挙げられる。山形県はコンコードの生産が盛んである。ラブルスカ種のワインは、フォクシーフレーバーというグレープフルーツジュースのような特徴的な強い甘い香りを呈する。ヨーロッパではこのフォクシーフレーバーが忌み嫌われているので、ラブルスカ種からワインはほとんど作られていない。

ラブルスカ種とヴィニフェラ種を交配させて作られたブドウも多く存在する(このようなブドウを交雑種という)。代表的なものとしてキャンベル・アーリーが挙げられる。

キャンベル・アーリーは、ムーア・アーリー(ラブルスカ種)に「ベルヴィダー(ラブルスカ種)×マスカット・ハンブルク(ヴィニフェラ種)」を掛け合わせた品種である。アメリカのジョージ・W・キャンベルが開発した。キャンベル・アーリーをラブルスカ種として紹介しているサイトが見参されるが、正確には交雑種でありラブルスカ種ではない(ヴィニフェラ種が交配されていることが証拠である)。

宮崎県の都農ワインは、キャンベル・アーリーにとても力を入れており素晴らしいワインを造っているので、ぜひ試して頂きたい。

日本では、東アジア種群のブドウからもワインが作られている。ヤマブドウは日本固有のブドウ品種であるため、日本固有の品種からワインを作ろうと現在様々なワイナリーがヤマブドウからワインを生産している。

また、ヨーロッパ品種と日本固有のブドウ品種を交配しようという試みも盛んに行われている。ヨーロッパ品種の特徴を受け継ぎつつ、日本の風土にあった栽培しやすい品種を作ろうという試みであろう。代表的なのは、1990年に山梨大学の山川祥秀教授により開発された、日本のヤマブドウとカベルネ・ソーヴィニヨンを交配して作られたヤマ・ソーヴィニヨンである。日本の気候に適したこの品種は、現在多くのワイナリーで栽培されている。

今回は、地球の変遷からブドウの種としての歴史を見てきた。ブドウの種の歴史を考えると、現代のブドウのおおまかな分布が理解できる。しかし、ブドウはそのままではワインにはならない。いつ頃からブドウからワインが造られるようになったのか。次回は、地球上で初めてワインが造られた地を探求しよう。

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